というわけで、今年も残すところ三時間を切りました。
LEMONsのライブに足を運んでくれたみなさん、会場で偶然目にしたみなさん、対バンしたバンド、どこかでLEMONsを聴いてくれた人、なんとなく気にかけてくれた人、その他なんらかの形で僕らに関わってくれた人。そうでない人も。
ありがとうございました。
思えば去年の4月8日、いわゆるK'sドリームからこぼれ落ち、カート・コベインよりもしっかり長生きしたライブ後、ダディこと山下秋星と、さとること衛藤智がLEMONsから去り、今年の5月に長らく僕に付き合ってくれた佐々木幸喜が去りました。
今は、去年の11月に合流した、元colossal youtuのならちゃんこと、楢山直孝と二人で活動しております。
なんだかんだ振り返ると月に1本はライブやれているようです。
最近、二十歳そこらの頃に下北で一緒にやりあっていた尾崎世界観が飛ぶ鳥を落とす勢いで、素直に嬉しく思いながら10年あれば何かを一つに形にすることは可能なんだろうなと、心強く思ったりします。
武道館は是非行きたいです。
じゃあ君は何をやっていたのさ、というお話になりますが、天性の怠惰さと眠りの呪縛にやり込めたり甘えたりしながら、実はそれなりの形になりつつあるのです。
ここでこうしてお話している以上は「残念ながら」という言葉を敢えて選びますが、音楽じゃあありません。これが。
ただしかし、自分は生み出して表現していくことに対して、意外にも愚直に邁進していたようだ、という事実と、よりその事実がシンプルに現れてきたということを感じるのみです。
その上に、多少の「大人」な思考が乗っかって、僕は一応「創作」と「表現」と呼ばれる範囲内の所業を生業として生きることができています。
来年以降は、それをさらに推し進めるべく、現在の箱から外に出ていく年になります。
その上で、現状よりは形式上時間ができるので、音楽的な意味で言うとざっくり「今年よりも活発な」活動をしていこうと思います。
もう、音楽一つで生きていこうとは思っていませんが、それを恥ずかしいとは思いません。
むしろやりたいことは一分一秒増えているような気もするし、単純に調子に乗ってるだけのような、躁状態のような一時のメンタリティかもしれませぬ。
ただ、今年感じたことは「すべては繋がっていく」ということです。
人間関係もしかり、自分のこれまでの行いも、一本の線に収束していくようなカタルシスを感じました。
僕がEARでバーテンをやっていたことも、ゲーム屋として企画や書きものをしていることも、まだバンドをやっていることも、この10年間死んだふりをしたり、死にそうになったり、全然死ななかったりした集大成のような、気がしているのです。
何度も申しますが、アンゴルモアの大王が空から降ってこなかったせいで、高校受験をしなければいけないことにがっかりした夏の教室、死んだふりをして死ななくて石神井かどっかの病院の風呂で空を見上げていた20歳、最後の砦のAfter K's Dreamが逝ってしまった三軒茶屋HEAVEN'S DOOR。
以降3度の人生の白紙にうんざりして余生を生きていた僕ですが、今割と元気っす。
今日はこの後、三軒茶屋HEAVEN'S DOORで爆音を浴びた後、山に登ろうと思います。
そこで死なずに、無事に初日の出を拝めれば、来年はおそらく良い年になるでしょう。という確信があります。
まぁ、長くなりましたが、来年もどうぞ今年のような感じで、適当にお付き合いいただけたら嬉しいです。
それくらいが丁度良くないですか、僕らって。
会いたい時に会う、会いたくない時は会わない。会っちゃう時は会っちゃうし。
そうやって僕らは続いていくんだと思います。
良いお年を。